本来の”共生”とはどういうものなのか。
例えば”自然との共生”というのは
人が心地いい状態に作り上げた人工的な自然の中で人間の都合に合わせた自然の形が共生というのではないと思う。
”動物との共生”もペットとして飼われている動物とは共生しているという事にはならない。
全ては”ありのまま”の状態、本来あるべき姿のまま
大自然の森林の中に人が住まわせて貰うとか、野生動物と共にというのが”共生”
決して人に近づけるのではなく、人が近づいていく様をいうんだと思いますので
自然の偉大さ、容赦ない厳しさや動物の荒々しい本能を理解しないと”共生”は難しい。
そして”人と人”との共生に関しては育った環境、地域性などで文化の違いもあるだろうし、個性というものはみなそれぞれ持っているので、そういった人間同士が共生していく時に必要なのが前述の”ありのまま”の自分と”ありのまま”の相手とでどこで妥協点を見つけるか
妥協と聞くとネガティブなイメージを持たれるかもしれませんが決してそうではなく、長い時間をかけて慣れ合った関係の中で互いに譲れない部分、理解できない部分を受容できるか否か、それが妥協点になるんだと思う。
自分と異なる部分、相手に気づかされる部分、そして相手に気づきを与える部分
ここが面倒に感じてしまったら共生は成り立たないけど、”人”って一人では成長する事はできない。相手によって成長させて貰えるものだとすれば、面倒な作業はいい結果をもたらす事になるはず。
生涯学びですね。
さて
首都圏もようやく自粛が解除となりました。
皆様、お疲れ様でした。
もっと深い所まで、もっと広い視野で、色んな角度から、その方の人間性を見れる目を養って頂きたい。
0コメント